異血の子ら
■妖魔の王■
「ナムガとリュアは失われた、リュアの帯びた《門》も、ともに。もう一つの《門》を感じる。探せ!」
低い唸りに混じり、不気味な声が繰り返す。それは、崩れ残った高台の頂上、廃墟の中心から響いていた。
シェーヌは、目を凝らす。大きく損壊して支柱の根元だけが残るドームの中央あたり。飾られた塔が崩れたらしき、廃墟。瓦礫にさえ、輝石を砕いて描いた模様が残っている。その瓦礫が、浮き上がる。何かに、繰られている。耳の底に響く唸りは、その瓦礫が震えて発しているようだ。
「妖魔王……?」オーリンが呟いた。「あの、下なのか」
「妖魔王が?」
「予め敷いた魔法陣なくして遠翔の術が使えるのは、風霊のみだ。自らの翼を誇る妖魔は、魔法陣を唾棄しているとも聞く」
この世界の理の通じぬ風は、妖魔のほとんどを消し去った。遠翔の術を持たない妖魔王は、術で、自らを埋めた瓦礫を繰って、地上へ出て来ようとしている。
「妖魔王リュウガなら、再び生き残りを結集させて、妖魔一族を再建するだろう。──ここで、封じる!」
オーリンが、シェーヌを振り向く。ご指示を、と、シェーヌは頷く。オーリンに妻があったと知っても、子がいたと分かっても、王を支えたいと動く自分の心を、シェーヌは自覚する。オーリンは現在の王であり、シェーヌは現在の次女王なのだ。
「あそこへ剣を」
塔の廃墟、蠢く瓦礫の群れの傍らを指さされ、シェーヌは降りた。オーリンが、塔の向こう側へ降りて、自分の霊武器を深々と大地に突き立てる。シェーヌも、真似た。その二人に、石や鉄の瓦礫が生き物のように襲いかかる。瓦礫は、鉄の武器同様、精霊を傷つけることはできないが、霊武器から手を放させようとする。地霊たちが二人の傍らに降りてきて、術を発した。瓦礫が、いくつか砕ける。
「時間がかかる! 霊力を使いすぎるな」
オーリンは呪文を唱え始める。赤みのある金の色の光が細く飛んで、シェーヌの剣とオーリンの剣を結んだ。光の細線は、瓦礫に網をかけるように、魔法陣を描く。シェーヌも、念を篭める。オーリン自身から学んだ援護呪術で、オーリンの力に自分の力を縒りあわせる。
精霊の頭上に、別の声が降った。
「妖魔の生き残りは集え! 精霊どもを阻止せよ!」
シェーヌが目を上げると、竜と妖魔を従えた、緑の翼の妖魔が目に入る。声は、常の声ではない。霊力の篭った呼の術だ。
緑翼の召集に応じた妖魔は三十ほど。対して、精霊はおよそ七十。ただし、上空で妖魔と互角に戦えるのは風霊のみ、その数はおよそ二十。地霊と樹霊も、霊力で飛翔霊術具を繰れば空中戦は可能だが、自翼で飛ぶ妖魔ほど巧みに繰る者は少ない。精霊のほうが多いからといって、気は緩められない、とシェーヌは自分の剣にかける手に力を篭める。
「ナズナを。……精霊の手に渡さぬよう」
サガは、ナズナを乗せた竜ロインにそう言うと、自分の片腕を竜のそれに変容させる。竜角の剣が容易には通らぬ鱗、鋭い爪。利き腕は、人の姿で、太刀を抜いた。
ロインは、大きく羽ばたく。サガを下方に残して、高度が上がる。ナズナは思わず竜の首に回した腕に力を篭めるけれど、竜が揺れないよう心づかって飛んでいることは判った。
ロインは、仮に地霊や樹霊の飛翔霊術具が上がって来ても逃げきれるくらいに距離をとってから、羽ばたきの速度を落として、ゆるゆると輪を描く。首を伸べて、下界を見つめているようだ。ナズナもロインの背からこわごわと地上を見下ろした。美しかった城は、猛風に崩れて、瓦礫の連なる廃墟と化している。その中央には、細い細い光が、橙金に輝く魔法陣を描く。精霊王オーリンの髪と同じ色だ。魔法陣の両端に、数人ずつの精霊が見える。
魔法陣を背景とした空中、妖魔と精霊が激突する。鳥に似た霊術具に立って輝く霊武器を振るう精霊もいれば、翼も道具もなく飛びまわり戦う精霊もいる。妖魔は、黒い翼で飛翔し、鞭を振るい、紫の色を帯びた剣を閃かせる。
サガが片腕のみ竜形の姿で戦いながら、指示を飛ばしているのが、見える。サガは、妖魔と精霊の流れの隙を見つけては、魔法陣を張る精霊への攻撃を命じていた。
ロインは、サガを気にしたかと思うと、気づかわしげに魔法陣を見つめる。ロインにとって、あの下に埋もれているのは、愛する夫、愛息子の父なのだと、ナズナは思う。まったく違う種族であっても。
ナムガとリュアは、イズナが来たと言っていた、と、ナズナは目を凝らす。
わずかに光の色が異なる霊武器、持ち主の髪の色、服の形。あれがイズナだ、と、見分けた。
イズナが来て、精霊たちが来た。ナズナがいま、妖魔の側で予言の子と見なされているように。イズナも精霊の側で予言の子と見なされているのだろうか。精霊もまた、滅びを避けたい、その願いで、イズナを巻き込んだのか。ナズナは、そう、思った
イズナは、城の廃墟を駆け抜けた。
「これは、なんだ?」
橙金の光の魔法陣の傍ら。シェーヌを見つけて、問う。
「妖魔王を、封じる!」
答えたのはシェーヌではなく、傍近くで剣を振るう、シェーヌと同じ色の髪をした精霊だった。精霊の王宮で、シェーヌに父と呼ばれていた男。
遠翔でイズナたちを飛ばした、次女王。そのせいで、キラムは死んだ。けれど。
イズナは黙って頷き、シェーヌに背を向け、襲ってくる妖魔を防ぐ構えをとる。
次女王を狙った妖魔と、阻止しようしたシェーヌの父が、イズナの目前で切り結ぶ。妖魔は鞭を振るい、シェーヌの父の両手を縛り上げる。イズナの視界の隅、シェーヌの顔が驚愕に歪む。父を囚われてなお、シェーヌは呪文を唱えることはやめない。イズナは、シェーヌの父に絡んだ鞭を切り落とす。シェーヌの父は、瞬間で体制を立て直し、妖魔を肩口から切り裂いた。すっと剣を引く。瞬時、とどめを譲られたと理解し、イズナは、妖魔の心臓を赤竜の剣で貫いた。妖魔が崩れ折れ、イズナに霊力が流れ込む。
「これは、なんだ?」
イズナと同じ問を発したのは、聞いたことがある声。
「エドア=ガルド!」
イズナは、声の主に、叫び返す。因縁のある領主である。彼が、数十人の人間を率いて、なぜここにいるのかは、イズナには判らない。
「精霊たちが妖魔の王を封じこめようとしているらしい!」
イズナの返答を、エドア=ガルドは頷いて信じた。
「援護!」
魔狩と銃の射手たちは、次元が割れる異様な光景にバスとバイクを乗り捨て、谷を越えて来て。エドア=ガルドの号令一下、精霊の護衛に散開する。弓も銃も持たなかったアスワードに、銃声が轟く。散弾は翼を破り、落ちた妖魔に、魔狩が切りかかる。一弾を放つと次の弾を込める必要があるが、その間は、魔狩が援護した。
シェーヌは、魔法陣に心を凝らす。オーリンとシェーヌの力を合わせても、妖魔王の力に及ばないのが口惜しい。魔法陣の効果は無ではないのだが、じりじりと、妖魔王の地上出現を妨げる瓦礫の数は減って来ているのだ。一方、地上戦・空中戦のほうは、人間たちが攻撃に加わって、明らかに精霊側の有利に傾いていた。魔法陣にもっと、力が欲しい。
シェーヌは、援護呪を止め、オーリンが唱える主呪文の声に自分の声をぴたりと重ねて、判断をオーリンに委ねる。
オーリンは、即座にシェーヌの意図を汲んで、呪文を精霊への指示に切り替えた。地下から響く不気味な轟音を圧して、オーリンの指示が響く。地霊と樹霊を優先に、一人ずつ名をあげ、魔法陣の縁の位置を示し、大地に霊武器を刺させる。霊武器の質、霊力の強さを考慮し、バランスを取りながら。一本、また一本、その縁に霊武器が加わるたびに、魔法陣の光が増す。妖魔に対する戦闘能力が高い風霊の手には、霊武器を残した。
「精霊は陣に霊力を注げ!」
精霊たちは、ある者は霊武器に手をかけ、ある者はその手にさらに掌を重ねて、魔法陣に自分の力を加えてゆく。援護呪術を知らない者は、オーリンが、魔法陣に力を取り込む呪をかける。
「唱和せよ!」
オーリンは命じ、自分も呪文に戻る。数十の精霊の霊力を縒り合わせ、呪文を唱和する。数十の精霊が霊力を合せているにもかかわらず。ただ一人の妖魔王と、ようやく拮抗しただけなのを、シェーヌは感じている。力が、上回れない。
イズナは、次女王の傍らで、近づく妖魔を防ぎながら、周囲を見回す。精霊は魔法陣のぐるりに並ぶ。その周囲、ところどころは精霊に割り込むように、人間たちが精霊を護衛する。人と精霊混成の、魔法陣を囲む円形の列に、妖魔が攻撃を加えてくる。
エドア=ガルドがどうやって連れてきたのかまでは分からなくても、この場に多数の魔狩が来ているのは、霊武器から見てとれる。服装の雰囲気から、他都市の者であることも推測ができた。それぞれの都市で妖魔から人を守って来た者たち。次第に霊武器の光が薄くなりながらも、果敢に戦っている。体躯の大きなネルソン=ガロウがいるのは、気づいた。コトハもどこかにいるだろう。
呪文の時間が長引くにつれ、敵も味方も、犠牲者が目立ち始める。妖魔が飛びすがりざま、精霊を斬る。魔法陣のそこここが欠けて、霊武器だけが残った。妖魔は、銃で落とされ、魔狩に止めを受けて、魔法陣の周囲に骸を晒す。魔狩の方が倒され、妖魔が死体を引き千切り分け合って、霊力を回復し怪我を癒してしまうこともあった。
「勝てるのか?」
イズナは、次女王に尋ねた。
「……続けるしかない。全員を遠翔で逃がすだけの霊力は残っていない」
呪文が唱和に移行したので、シェーヌは、問いに答えることはできるようになったのだが。
「妖魔王は、そんなに強いのか?」
「話しかけるな。気が散る」
シェーヌは冷たい声になり、イズナは少し黙る。
ニエルは、エドア=ガルドが持ち込んだ銃を気にしていた。
「散弾銃のようだな。花火の応用だろうが、今まででよく仕上げたもんだ。……借りられんかな?」
「聞いてみれば? エドア=ガルドに」
「そうだな」
離れかけたニエルを、イズナは、呼び止めた。
「ニエル。指輪を返してくれないか」
ニエルは、銃を扱うときに、父の形見に傷をつけてほしくないのだろうと、指輪を返す。
「ありがとう、ニエル」
イズナは、父の指輪を母の指輪に並べてはめる。ニエルが離れるのを待って、次女王に指輪を示した。
「これでニエルは、巻き込まずに済む……。私を、妖魔王のところへ、降ろせ」
「無茶を言うな」
「王宮からここまで、私たちを飛ばしたんだ。下までだって、飛ばせるだろう?」
「イズナ。何を言っているか、判っているのか?」
「お祖父さまを殺し、キラムを死なせた貴方たちが、今更、私の命は惜しむのか?」
シェーヌの唇が、キラムは死んだのか、と、動いた。視線が、揺れる。
「……誰か! この位を替わってくれ」
シェーヌは、魔法陣の位置を他の風霊に任せると、自分がしていた首飾りをはずす。念を集中し、術を篭め、イズナの首に回して留めつける。
「呪や術が、見える。今の私にしてやれるのは、これくらいだ。そう長くは保たない。それから、魔法陣の呪縛が成ったら妖魔王リュウガには触れるな。呪縛に取り込まれる」
「わかった」
「おそらく、降りた瞬間から狙われる。心して行け」
イズナは答えるかわりに、剣を構えなおす。
ニエルが、エドア=ガルドに、紙筒に数十の金属球と火薬を詰めた弾と銃、それに小盾を借りて戻ったとき、イズナの姿はなかった。
「イズナは?」
尋ねたニエルに、魔法陣の元の位置に入ったシェーヌが憮然と答える。
「妖魔王の元へ、降ろした」
ニエルが、呆然とした。
遠翔を感じた次の瞬間、びゅん、と、風を切る音がして、イズナは脇へ飛びのいた。妖魔の刃を、辛くも避ける。
「お前が、異血の魔狩か」
声は、ひどく年老いた妖魔。地上で精霊が編む橙金色の魔法陣の呪縛が、細く、しかししつこい暗金色の糸のように、妖魔にまとわりつく。妖魔が呪縛を祓う術は、糸を呑み込む藤色の細蛇の大群。妖魔の輪郭を彩る紫紺の炎に見えるのは、地上の瓦礫を繰る術か。
「妖魔王リュウガ!」
イズナは、返事のかわりに、王の名を呼ぶ。アマルカンを亡くした日のように、爆威が成れば。あるいは妖魔王にも効くかもしれないと、思った。
リュウガは、片手に鞭、片手に抜き身の刃。鞭がしなり、イズナが避けたと思うと、リュウガは体当たりに飛び掛ってくる。広間の中、滑空に似た動きでイズナを追い、ひと羽ばたきで姿勢を整え、次の瞬間には鞭と剣の二重の攻撃を放つ。イズナは、鞭を避け、リュウガの紫の剣を、白銀に輝く剣で防ぐ。キン! カン! キン! 刃の合わさる音が、地上の瓦礫から降りてくる低い唸りに重なった。
「爆威よ!」
イズナは心の中で念じる。しゅるり剣にからみかけた鞭を、イズナは飛び退って、なんとか抜いた。そこにまた、リュウガの、鞭が、剣が、襲う。
黒色の視界に、匠精が術で磨いた壁が、奇妙な線画のように薄い灰色に見える。幾筋もの螺旋階段が、天井の高い広間の周囲、柱で区切られながら優雅な曲線を描く。
「爆威……!」
念じても、剣は応じない。
イズナは、柱を盾に使いながら、階段を駆け上がる。追ってくるリュウガを、階段の途中から広間へと飛び降りて避ける。リュウガがイズナの頭上に迫るのを、前転で逃れ、跳び上がり、突きを入れる。刃で受けられ、キンという鋭い音が響く。
少しずつ、ごく少しずつ。リュウガの動きが鈍くなったように感じる。振り向けば、リュウガを縛る暗金色の糸が、濃くなったように見える。リュウガはうるさげに頭を振り、対抗の術を編もうと、一瞬、印らしきものを結びかける。その胸元へイズナは剣を繰り出した。リュウガは、剣に鞭を絡めて止めた。鞭が刃にからんだ剣を、イズナは、力任せに、振るう。幸いにも鞭が切れた、飛びすさる。
イズナにとっては突然に、闇が落ちた。「呪や術が見える」シェーヌの術が、切れたのだ。光は、イズナの霊剣の、薄くなってきた輝きのみ。壁も柱も螺旋階段も、闇に沈んだ。足元はほぼ見えず、大きくは動けない。リュウガの剣の刃の紫が、かすかに闇に見分けられる。リュウガの側は、闇の中でイズナを見るのに、何の困難もないはずだ。
リュウガが打ち込んでくる剣撃を何度か受けた。リュウガの武器の、紫の色が大きくイズナを薙ぐ。剣で止めたが、体ごと跳ね飛ばされた。
「爆威ッ! 来い!」
剣が反応するどころか。床に体を打ち付け、イズナは霊剣を取り落とした。最後の光が消える。闇の中、リュウガの剣が、大きく振りかぶられたのが、分かる。その剣がまさに振り下ろされようしたとき、空が鳴って。リュウガの霊武器の紫の色が、消えた。
自分の荒い呼吸の音だけが耳について、イズナは、静けさに気づく。地上から響いていた、瓦礫の舞う音が、止まっている。
「精霊たちの術が……、成った……のか」
イズナは、体を起こし、手さぐりで自分の剣を探した。手のすぐ横に落ちた剣が、見えない。
──「何を言っているか、判っているのか?」
精霊の次女王に言われたのを思い出す。うん、これは、判っていなかったと言われてもしょうがない、と、イズナは自分に苦笑する。今、閉じ込められている地下深くの広間は、まさに漆黒の闇。この地下室を満たす闇に比べれば、アマルカンを失った雨夜さえずっと明るかった。次女王がかけてくれた呪がなければ、手も足も出なかっただろう。
刃で指を傷つけないよう、床にそっと掌をはわせ、ようやく柄を掴んだ。霊剣を手にすれば、刃に光が戻り、わずかに周囲を照らし出す。妖魔の王は、色を失った剣を振りかぶったまま、彫像のように硬化している。それを見上げて、
「私の最期は、飢え死にかな」
イズナは、呟いた。餓死が耐え難ければ、最後に妖魔王の心臓に一太刀くれてやって、精霊たちの呪縛に取り込まれて終わるという選択肢もある。イズナは小さく笑んで、床に座りながら、剣を鞘に収めた。刃の光が、消える。
思えば。剣が爆威を起こしたのは、アマルカンが死んだ後だった。戦いの最初にあれが起こっていれば、アマルカンは死にはしなかったのに。
そして結局、妖魔王を前にしても、爆威は起こらず。妖魔王を止めたのは精霊の術だった。自分の行動が何かの役に立ったのかは、判らない。妖魔王でさえ出ることができなかった地の底、瞬きで視界が変わらないほどの闇。耳鳴りがするほどの静けさ。イズナは、引き寄せた膝に、頬をもたせかけた。
◆
シェーヌの眼前、橙金色の魔法陣の光が眩く増して、次の瞬間、鋭い音と共に消えた。光のあった場所には、瓦礫や土が、魔法陣の形の金線に色艶を変えて、月光を反射する。瓦礫はもう、ぴくりとも動かない。上空から竜の悲痛な咆哮が響く。
「固定した……、追撃に移れ!」
妖魔が撤退する隙を与えず、オーリンが宣言する。
シェーヌは周囲を見渡し、死者の武器を拾って、妖魔を追う。くらり、とする疲労感。おそらくオーリンも同じ、他の精霊たちも同じだろう。
「今宵こそ、妖魔を滅ぼせ!」
「決着だ!」
精霊たちが、自らを鼓舞するように、叫びを交わす。
オーリンが、エドア=ガルドに近づいた。二言、三言、言葉を交わすが、シェーヌのところまでは聞こえない。エドア=ガルドが苦渋の表情で頷き、オーリンの指示が飛ぶ。
「武器を魔法陣に埋めた者! 地霊は、息のない人族を焼け! 樹霊は負傷者を集めよ、精霊も人族もだ」
遺族があらためることもなく遺体を損壊することに、人間がもつ抵抗感は、シェーヌにも理解できる。だが、霊力消えきらぬ死体を妖魔が食って回復しつづけるのは、避けねばならなかった。オーリンの命令に、精霊たちが動きだす。武器を魔法陣に費やし丸腰の精霊に、妖魔が襲いかかり、武器のある精霊や魔狩が援護に入り、またしても戦闘となる。
ナズナが見下ろす地上。地霊が焚く火が、点々と、燃え始める。
危うくなると散弾の届かない上空へ逃れることができた妖魔は、風霊が戦闘に復帰して、地上近くへと追い込まれた。
精霊も妖魔も、霊力の疲労に悩まされるが、銃の威力は変わらない。翼を傷つけられた妖魔が落ち、援護しようとした妖魔が地上に降りた。そこに魔狩がかかってゆく。妨げようとしたサガが地上に近づきすぎた。銃が火を噴く。緑の翼が裂けた。竜が悲鳴を上げ、ナズナを振り向く。言葉はわからないのに、降りていいか、という意味だと確信した。ナズナは頷いた。竜は翼を畳んで、急速に降下し、サガをかばう位置に降りた。
ナズナの姿を認めて、風霊が竜を追う。妖魔が風霊を遮ろうとして、剣を交わし、傷ついて落ちた。妖魔の過半が、一所に集まってしまうと、無傷の妖魔までが引き寄せられて、加わった。
いつのまにか、妖魔の生き残りは全て、建物の残骸、崩れ残った壁を盾に、身をよせるように集まっていた。
精霊と人とが、その周囲を囲む。風霊が、妖魔の上空を威圧する。
シェーヌは、包囲に加わりながら。竜の傍らに降りた異血の娘に目をやった。あの姉娘を、妖魔は予言の子と受け取っているのだろう。竜と何体もの妖魔に固く守られている。
地下、イズナの前に、何かの気配が立って。イズナは目を上げる。漆黒の闇のなか、光が灯った。風霊は、指先に熱のない火を燃やす。赤みのかかった金色の髪が揺れた。
「精霊の、王?」
「シェーヌには、二度遠翔ぶ余力がない。かわりに、来た」
オーリンは、イズナに手を差し伸べた。
「イズナ。ナホトカが自らを賭すだけのことはあるな。お前が注意を引いてくれたおかげで、瞬時、隙ができた」
どうやら、褒めたつもりらしい。
イズナは、かぶりをふった。降りた瞬間は、自分の手で、妖魔王に止めを刺せる気でいたのだ。
迎えに、来たというのだろうか? 王が? イズナが戸惑ううちに。オーリンは、イズナの両肩に手をかけて引き起こし、遠翔した。