異血の子ら
■オーリンの王宮■
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※今回は、有希之武さんの「エンシェント」というアヤカシ・シリーズ以外の作品を、シェーヌのイメージイラストとしてお借りしています。
昨日シェーヌがナホトカを斬った王宮の広場に、今、知らない気配が降りている。気配は三つ。会ったことのない
「王妹ラローゼの……」
「ラローゼ様の……」
「オーリン……、
報告するシェーヌの声が、かすれた。
イズナを迎えての、
王宮は巨石を組んだかのような洞窟、玉座の間は常に風が吹き抜ける天井の高い大広間だ。天然の岩を
オーリンが壇上の玉座につき、シェーヌは傍らに控える。壇の下は、周囲を、ぐるりと
来客の一人目は、
「武器は預かりますか」
センティスが聞いた。
「父上、お願いしま……」
「センティス、そのままでよい」
キラムは深く頭を下げる。
「イズナに、王の保護をお願いしたくて、参りました。イズナの父は、人間で、
「ナホトカが言っていた
「ナホトカ様がここに立ち寄られたのですか?」
キラムが、オーリンに問い返す。
オーリンは、玉座を立つと、
「ナホトカは、私が処刑させた」
オーリンの声に、シェーヌはぞくりと顔を上げた。処刑を、と言ったのも、シェーヌ。手を下したのもシェーヌである。身じろいだシェーヌに、
「次女王! 控えよ! 誓いを忘れたか」
オーリンの鋭い声が飛んで、シェーヌは動けなくなった。呪でもなんでもないのに、動けない。かつてシェーヌは、オーリンより前に命を捨てないと誓った。ナホトカは運命が流れるまでイズナを探すなと遺言したのに、イズナの方がやってきた。『アヤカシの王の族、逝くを見よ』──予言の一節が、シェーヌの頭蓋の中で響くように鳴る。
オーリンは、薄い笑いで、イズナを見下ろしている。
「お前は、姉か? 妹か?」
イズナが顔を上げた。反発で燃えるような目が、オーリンの目と合う。
「妹です。姉は、
「『二のアヤカシは一となる。
「いいえ」
「くだらぬ予言だ。私は予言を信じない」
嘘! とシェーヌは思う。本当に予言を信じないなら、なぜそんなにイズナの近くに立つのです、霊剣をもつイズナを挑発するようなことをおっしゃるのです、叫びだしたいが、声は出ない。
予言が果たされるなら。贄たる王族は、
「それは、イズナの保護はお願いできないということですか」
キラムは困惑している。
「そうだな。牢なら提供してもよいぞ。王廷を騒がせた罪人として。
そこまで言って、オーリンは、イズナの剣にとめた目を、不審げに細める。
「赤竜の剣……? 赤い竜の剣では
オーリンの語調にはまだ挑発の色が残っているが。オーリンの心は揺れている、と、シェーヌは思う。今度こそ予言は実現しようとしているのか。それとも、これまでの
「ここには保護を求めに来た。
イズナの口調にも、キラム同様に、戸惑いがある、と、シェーヌは思う。当たり前だ。イズナには、なぜ
「でも、祖父がここで殺されたなら、保護してくれとは、もう言わない。キラムが回復するまで居させてほしい。牢の中でも構わない。……祖父がなぜ処刑されたのか、知りたい」
イズナは、まだナホトカを祖父と呼んで、真っ直ぐオーリンを見上げる。
王が躊躇ったように、ニエルには思えた。場は静まり返っている。ニエルにはそれがまるで、居並ぶ
「ナホトカの第一の罪は」
王の口調は、冷笑の気配が消え、静かだった。イズナの心からの問いに、誠実に答える声に、ニエルには聞こえた。
「エドア=ガルドを保護して、人族たちの間に電気というものを蔓延させたことだ」
それは変だ、と、ニエルは思う。エドア=ガルドが電気を開発しはじめてから、三十年以上になるはずだ。なぜ、今、処刑なのか。
「第二の罪は、お前とお前の姉を生かしたまま、人族として育てたことだ。予言を信じるというなら、一人を殺し、一人を王廷へ献じて、
「ナホトカの罪は、
イズナが、目を伏せた。
「わかり、ました」
低く、呟く。感情で納得したのではなく、
「この世界じゃ王に対してどうするんだ」
ニエルは、話に割り込む決心をして、キラムに囁いた。
「どうって」
「礼儀」
「片膝をついたまま、頭を下げるんだ」
ニエルは素直に頭を下げる。
「俺の名はニエル。ノ=フィアリスのアヤカシ・ハルシアから、アヤカシの王に伝言を預かって来た」
ニエルは、内ポケットからハルシアの包みを出して開き、一つ目の石を掴み出す。石は、煌いていた。イズナに見せたときより、もっと強く。
「妾の名はハルシア、銀の髪の
石が喋るように、声がした。が、そのとき。二つ目の石が包みから飛び出すように、空に浮かんだ。
空中に、女の姿が浮かぶ。胸元に巻いた布は血塗れ、床についている。銀の髪と黒い翼を持っていた。
「いとしい、いとしいあなた。隠していてごめんなさい。私は怖かったのです。あなたが私の名を知ったとき、どう受け止めるか。愛しています。愛しています、いまも。子はハルシアと名づけました、ディノクに託します。ハルシアが《門》を開くまでにこの石があなたの元に届くなら、どうか、ハルシアとともに」
声がとぎれた。女はまだ目を開いていたが、その目からは明らかに生気が消えていた。幻が、薄れて消えた。
シェーヌは、
「お前たちが、まこと、運命の流れそのものならっ。《門》を開いて見せよ!」
三人に、掌を突きつけると、術を投げた。
「シェーヌ! 何を」
「飛ばした……」
アヤカシの王の血筋、と、一つ目の石は言った。以前、オーリンが、
二つ目の石に篭められた伝言を、知りたくなかった。自分の推測が確定するのが怖かった。咄嗟の嫉妬だったと思う。
「
その一言を聞いて、シェーヌは愕然とする。自分は何をしたのか。
オーリンが、張りのある声で、命じる。
「方針を変える!
周囲があわただしく準備を始めた中、シェーヌは、半ば強引に、オーリンの掌に指を滑り込ませる。こうすれば、声を出さずに意を通じることができる。
「なぜ、
オーリンは、はっきりと首を横にふった。
「子をなせば、
「封のある石にオーリンが答えようとしたのは、……やはり……私の気のせいでは、ないのか」
オーリンの視線が鋭い。シェーヌは俯いた。
「ごめん……、ごめんなさい。大切なことだったのかもしれないのに。私は……、飛ばしてしまった」
こんなことを聞いている場合じゃない、こんなことで嘆いている場合じゃないのに、と、シェーヌは自分を嫌悪する。もしもほんとうにこのまま予言が適い《門》が開くなら、オーリンとシェーヌが召集の紋章を上げなかったことで、多くの
そして、今、
「もうよい。私の罪に比べれば、罪のうちにも入らぬ。……三百年と少し前。先の
オーリンが王位を継いだのは、
「当時、予言の第一行、『二のアヤカシは一となる』を、
「融和派が、いけないのか?」
「融和派に組するということは、
「王様」
「お支度を」
王の身支度を手伝いながら、年嵩のものが口を開く。
「わたしらは、今回、御供をいたしません、……王宮にいる
王と次女王が口を挟む間もなく、次女王の鎧を着せかける若い方が言葉を継いだ。
「王様が、戦いで
「もしも予言が成らなかったら、また、お仕えさせてください。けれど予言が成るなら、
「わかった。万一にも王宮に攻撃があるといけない、我等が出立したら、
オーリンが頷き、年嵩のほうは、一礼して他の仕事へと戻っていった。
若い方は、まだもじもじして、いる。
「あの、それから、次女王様。竜は滅びたけれど、角や鱗を残しました。わたしらが滅びても、わたしらが作った美しい物が残りましょう。けれど、大きな
懸命な様子でいう。反乱の計画はやはりあった、共に来ないかと
そしていま、彼らは、
「我らはこれより戦いに赴く。戦いの場で、
オーリンが答えるのを、シェーヌは聞く。ナホトカを斬ったのは、シェーヌなのに。すべての責を負うのは王なのだ。
「ご武運を、王様。次女王様も、ご武運を」
若い
「過去に何があろうとも。現在の私は、
オーリンの言葉は、シェーヌに向けたものなのか、それとも自身に向けたものだったのか。シェーヌには、区別がつかなかった。
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